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病人レポート11 ; 「新生!黒田朋子

みなさま、しばしのご無沙汰をいたしておりました。突然ですが、、

いのちの受け渡しから今日で65日目。入院から72日。ついについについに!!本日下界に降り立つことができました!!!!!

2回目の骨髄移植だからといって毎回同じ道を行くで無し、今回もただただ険しい真っ暗な道なき道を、、1歩ずつ手探りで進んでいくしか無い日々でした。

レポート10を書いてからも体調の変化凄まじく、、、デフォルトの数々のトラブルの上に、栄養不足から来る腎機能低下で12kgも身体に水が溜まるという事態を迎え、、(通常痩せていくのが常ですが、、)妊婦さんのように日々腹は突き出し、とにかくどの姿勢もしんどくて、身体を起こすこともままならず、、水を飲むのも何もかも、、トイレに立つだけで一苦労、、息をするのもやっと、、顔もパンパンで、、あらゆるところが水浸し。。人間約1週間くらいでよくこんなに水を体内にキープできるなと、、ずっと溺れているようでありました。足、脚、腹、腕、お尻、顔。全てがぶよぶよに浮腫み倒し、、まるで別人。普段動じない主人も相当に焦ったそうです。

それでも回復の道を行きたいならば、この水攻めの中、食事や水分をさらに口から詰め込まねばなりません、、もうまさに水毒・水地獄。。今までなったことない体型になるだけでさらに精神的ダメージは深刻化しているのに、、こんな溺れててあと水1滴だって、水すらツバさえ飲み込めない。拷問です、、、これが今回の一番のクライマックスだったかも知れません。(注※今はだいぶ水もはけ、元の体重・体型に戻りつつあります。。)

本当に「新しく生まれ変わる」と一言で言ったものの、文字通り一度仮死・極限に陥ってからの立ち上がり、、全く何が起こるか予測不可能なこの2ヶ月半でした。

初回は、、移植のあと激しいGVHD=大腸・小腸の粘膜が全て剥がれ落ち、(https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/HSCT/hsct03.html)ということが起き、身体中の水分という水分が逆に出ていきつつ、荒れた内臓粘膜が水1滴で激痛を及ぼす日々でした。。途中数ヶ月ほぼ記憶がありません

そして移植後さらに7ヶ月も寝たきり。。どちらがマシか。比べられませんが、、痛みを押さえるモルヒネの壮絶な幻覚により、最初の「死」の体験だったをした治療でした。本当に自分でも生きているのか死んでしまったのか分からずいわゆるせん妄状態が続きました。

この初回の強いトラウマが頭にこびりついているので、毎日ビクビクもしてもいました(このような症状はいつ出始めるかすら予測不能)、、しかし遠く及ばず、幸いにも本日無事下山に至り、本当に安堵と共に、、感無量です。。

口の中で口内炎がつぶれまくり血みどろの日、、もう胃液すらないようなところで深夜吐き続け、、モルヒネの及ぼす幻覚・幻聴から来る恐怖、喪失感。止まらない下痢。毎日続くインフルのような高熱、、、味覚障害で食べる歓びを失い、髪も身体も無毛。。それはまるで「無」の境地に至る日々の道程でした、、、

見た目としても自分が誰で何だったかを示すアイデンティティが薄れるのは、それだけで自身を肯定できる要素が減る感じもあり、今となってはああ、この修行でまたひとつ涅槃に近づいてるのかなんて冗談も言えますが、本当に日々「ただ居るだけ、呼吸を止めないこと」に必死でした。

「生きたい」ではなく、「生きる!」という「自らの強い意志と信念のしっぽ」を強く握りしめていないと、ふとした瞬間「生きる」が手元から逃げて行ってしまうような感覚だったからです。こんなにもニンゲンは必死になって”生きよう””生きるぞ”と強く願わねば生きられないのか。逆に言えばやはりそれだけみな、大事な時に「生きる!」というとんでもない力が湧いて来る、呼び起こすことができるのだ、ということを今回も実感させられた思いがします。当たり前は当たり前じゃない。

これはいわゆる「火事場の馬鹿力」にも似て、普段はそうそうその力は出てきません(きっと)。特に都市に生きていると「身体性」を忘れてしまいがちです。一生懸命畑を耕さなくたって、100円でおいしいおにぎりが買えてしまう。朝水を汲みに行かなくたって蛇口をひねれば水が出る。何百キロの道を歩かなくても移動ができる。

そうした世界は安心・便利で身を守ることには長けても、いざという時、、自分の身体にどんなポテンシャルがあるのか、頭での想像を超えないイメージの世界になってしまうように感じます。

病気だって怪我だって、本当は自分できちんと治す力を持っている。なのに皆、本来そんな「大事な馬鹿力」が自分の中にも眠っていること、危機を自らの力で脱する智慧があることを忘れてしまっている気がするのです。

病気や困難に向かい合っている人だけでなく、誰しもの中にこの「馬鹿力」は装備されていて、「生きる」底力は湧き出てくるから大丈夫だよ。今回の入院でその点を、あらためて実践的にとても強く感じました。

私は「闘病」でなく「向かい合う」という言葉を好んで使います。毎日毎日”闘わなくて”も良い。本当にどうしようも無い日が続くことだってある。シーソーのこちらとあちらに腰掛けているように。自分の方が地面にしっかり足を付ける日もあれば、あっという間にあちらが腰を据えてしまうことだってある。

でもそれこそが、人生の醍醐味だと、この8年の旅路で知った気がするのです。元から「強い人」なんて多分どこにもいない。みなの中にある、自分の力で切り拓く道をもっともっと自ら学び、能動的に見つけていく・気づいていくことこそが、ことこうした局面での「生きる」を分ける真髄じゃないかと思います。

四角四面、隔離された殺風景な独房で、日がなほとんど誰と会話するでもなく、ただ天井を見るしかない長い長い時間。。いろーーーんなことを思い、考えていましたが、何はともあれ、あれだけイヤと思っていたこと、イヤなものはイヤとまで言い切っていた山に登ると、また感じたことのない風景がそこにはあるものだなと思いました。感無量です。。。

そして有言実行!開花宣言と共にこの春の風を感じられること。目黒川の満開の桜に間に合うこと!これが叶い本当に何より嬉しいです!! いつも桜は格別ながら、、この長い長い吹雪の山を超えて先に見る世界は一層、、胸に沁み入ることと思います。

あらためまして、パワーをくださったみなさま、エネルギーを届けてくださったみなさま、祈りを傾けてくださいましたみなさま。本当にありがとうございます。

とはいえ、齢40にして大変厚かましながら、まだ本当に全てにおいて生まれたての0歳児。味覚障害、食事の量、2ヶ月寝たきりの足腰を一生懸命リハビリさせてます。次は新緑の頃に2-3歳児にはアップデートできるよう目指します!

そんなわけで、まだガッツリ遠方へ出かけたり、(いつものごとくw)飲み食いすることは難しいですが、家に戻れば回復のスピードは倍。渋谷ー池尻あたりにもし寄られるようなことがありましたら、お気軽にお声がけいただけたら嬉しいです!おいしいコーヒーお淹れします!いつでもメッセージください。たくさんお会いしたい方がいます!たくさんお話ししたいです!

そして頭はすこぶる元気ですから、ご相談ごと、私に何かお手伝いできそうなことも、引き続きどうぞお気軽に持ちかけていただけたら何より嬉しいです。「分断」「遮断」「閉鎖」の世界から、外の世界にどんどん連れ戻していただきながら「社会性を取り戻していく」このことが何よりのリハビリです。

いろいろとお待たせしている関係各位すべての方へ、引き続きプロジェクトに参画できますよう、今しばらく家での療養を続けながら徐々にスタートさせて参りたいと思います。何卒よろしくおねがいいたします。

最後に、献身的に支えてくださった病院の看護師さん、スタッフのみなさま、移植をコーディネートしてくださった方、信頼しかない先生、この最強のチームと共にこの日々を超えて来られたことに、そしてこの大きな大きな決断を受け入れてくださったドナーさん(近畿地方、20代男子!)ドナーさんを支えてくださっている全ての方。。。書き切れないみなみなさまに、こころから大きな感謝を。お一人ずつへの思いを花束にしてお送りしたい気持ちです。本当にありがとうございました。

あたらしいいのちと共に。これからも変態し続け、アップデートし続け、何度だって生まれます、生きます!「新生!黒田朋子」まだまだ人生のブルースは続きます!!!

本当に本当に本当にありがとうございました!!!!!

写真は最後の朝の富士山とスカイブルー、what a beautiful world !
2019.3.22
(DAY65 / 入院計72日)

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